福岡地方裁判所大牟田支部 平成5年(ワ)124号 判決 1995年10月06日
原告
東峰住宅産業株式会社
右代表者代表取締役
財津重美
右訴訟代理人弁護士
森元龍治
被告
南新開区
右代表者区長
浦保徳
被告
小宮健二
同
小宮政則
同
松尾久吉
同
坂口家治
同
渡邉政行
同
浦德治
同
浦義昭
同
浦弘司
右被告ら訴訟代理人弁護士
津留雅昭
同
椛島修
同
有馬毅
同
川副正敏
同
大神周一
同
牟田哲朗
同
大谷辰雄
主文
一 原告の被告南新開区に対する請求を却下する。
二 原告のその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 原告と被告南新開区(以下被告区という)との間で、同被告が原告の行なう高田町ゴルフ場建設に対し平成元年一二月二六日にした施行同意が有効であることを確認する。
二 その余の被告ら(以下一括して被告渡邉らという)は、福岡県に対し請求の趣旨第一項の施行同意の効力が存在しないと主張して、原告の行なう高田町ゴルフ場建設のための許認可手続を妨害してはならない。
第二 事案の概要
原告は、(a)被告区に対し、左記一3(一)ないし(二)の同意書提出について左記二1(一)(1)の施行同意の成立を主張して、その有効性の確認を請求し(以下本件確認請求という)、(b)被告渡邉らに対し、左記二2(一)の不法行為の成立を主張して、その排除を請求している(以下本件妨害排除請求という)。
一 争いのない事実
1 当事者
(一) 原告は、ゴルフ場の経営等を目的とする会社である。
(二) 被告区は、福岡県三池郡高田町の行政区の一つである。
後示3の同意書提出当時、浦勇蔵はその区長であり(以下浦区長という)、被告渡邉らはその水利権代表者だった。
2 原告のゴルフ場開発計画等
(一) 原告は、昭和六二年頃から被告区に近接する高田町上楠田・原地区においてゴルフ場(以下本件ゴルフ場という)の建設を計画し、同町、福岡県及び利害関係人等との折衝を進めてきた(甲一〇、乙三二、証人津福武博の証言)。
(二) 右建設予定地は、国所有、高田町維持管理にかかる「後山ため池」(以下本件ため池という)に隣接しており、予定地内の水路水及び地表水の一部がこれに流入しているところ、被告区は、同ため池の水利権を他の区と共有している(被告らは明らかに争わない)。
3 本件同意書の提出(ただし、その法的効果に争いがある)
(一) 浦区長は、平成元年一二月二五日「権利者の施行同意書」と題された左記内容の書面(以下本件同意書Aという)の「ため池水利権代表者」欄に署名押印し、これが高田町を介して、同月二六日原告に提出された(甲一の一、証人浦勇蔵の証言)。
「許可申請者東峰住宅産業株式会社の施行に係るゴルフ場開発行為について、異議がないので同意します。」
(二) 被告渡邉らは、右二五日から二六日にかけて、被告区の他の水利代表権者二名とともに、右(一)と同一表題・内容の書面(以下一括して本件同意書Bといい、本件同意書Aと併せて本件各同意書という)の「ため池水利権代表者」欄に署名押印したが、これらが浦区長から高田町を介して原告に提出された(甲一の二ないし一一、証人浦勇蔵の証言)。
4 同意の撤回等
(一) 被告区は原告に対し、平成三年一一月一九日本件ゴルフ場の開発・施行に関する同意を撤回する旨通知し、現在その効力を争っている。
(二) 被告渡邉らは原告に対し、右同日右(一)と同内容の撤回通知をし、その後、福岡県に対し本件ゴルフ場建設に開発許可を出さないよう陳情する等して、その建設に反対している。
5 関係法令等の規定
ゴルフ場建設に関して、関係法令等には以下の趣旨の規定がある。
(一) 福岡県環境保全に関する条例(以下本件条例という)関係(甲三の一ないし三)
(1) 同条例(二八条)
① (一項)第三章及び前章の規定に定めるもののほか、生活環境の適正な保全に著しい影響を及ぼすおそれのある規則で定める工場の設置又は宅地の造成その他の開発の行為をしようとする者は、あらかじめ、規則で定めるところにより、知事の許可を受けなければならない。
② (二項)知事は、前項の許可の申請があった場合において、当該申請に係る行為が大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染その他規則で定める事由により生活環境の適正な保全に著しい影響を及ぼすおそれがある場合を除いて、許可をしなければならない。
(2) 本件条例施行規則
① (二八条)条例二八条一項の規則で定める工場の設置又は宅地の造成その他の開発の行為は、次のとおりとする。
(五号)ゴルフ場の造成区域面積が三ヘクタール以上のもの
② (三二条一項)条例二八条一項の規定による規則二八条三号から五号までの開発の行為の許可を受けようとする者は、規則二五条一項各号に掲げる事項を記載した許可申請書を知事に提出しなければならない。
(二項)前項の許可申請書には、規則二五条二項各号に掲げる図書を添付しなければならない。
③ (二五条二項)前項の届出書には、次に掲げる図書を添付しなければならない。
(五号)その他知事が必要と認める図面及び書類
④ (三七条)この規則により知事に提出する書類の様式は、別に定める。
(3) (様式第四号)開発の行為許可申請(協議)書
(添付書類)6 その他知事が必要と認める図書
所有者、水利権者等利害関係者の同意書
(二) 森林法関係(甲四)
(1) 同法(一〇条の二)
① (一項)地域森林計画の対象となっている民有林において開発行為をしようとする者は、省令で定める手続に従い、都道府県知事の許可を受けなければならない。
② (二項)都道府県知事は、前項の許可の申請があった場合において、次の各号のいずれにも該当しないと認めるときは、これを許可しなければならない。
(二号)当該開発行為をする森林の現に有する水源のかん養の機能からみて、当該開発行為により当該機能に依存する地域における水の確保に著しい支障を及ぼすおそれがあること。
(2) 森林法施行規則(八条の二)
法一〇条の二第一項の許可を受けようとする者は、申請書に開発行為に係る森林の位置図及び区域図並びに次に掲げる書類を添え、都道府県知事に提出しなければならない。
(二号)開発行為に係る森林について当該開発行為の施行の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を得ていることを証する書類
(三) 国有財産法関係(甲五の一ないし四)
(1) 同法(九条三項)
国は、国有財産に関する事務を、政令の定めるところにより、地方公共団体又はその吏員に取り扱わせることができる。
(2) 建設省所管国有財産取扱規則(一七条)
① (一項)部局長は、引き続き公用又は公共の用に供する必要がないと認めるときは、遅滞なくその行政財産の用途を廃止しなければならない。
② (二項)部局長は、当該部局所属の行政財産の用途を廃止しようとするときは、あらかじめ次に掲げる事項を記載した書類及び関係図面を添えて、建設大臣に申請し、その承認を受けなければならない。
(四号)その他参考となるべき事項
(3) ゴルフ場敷地内に介在する公共用財産の処理について(昭和五〇年一月二〇日建設省会発一一三三号 建設大臣官房会計課長から部局長宛)
4 用途廃止について、建設大臣の承認を受けようとする場合の添付書類について
(8) その他部局長が必要と認めた書類
(4) 用途廃止申請書の添付書類一覧表
2 利害関係人の同意書
水路の場合には、水利委員、水利組合長、土地改良区等
(四) 農地法関係(甲六の一・二)
(1) 同法(五条一項)
農地を農地以外のものにするため又は採草放牧地を採草放牧地以外のものにするため、これらの土地について三条一項本文に掲げる権利を設定し、又は移転する場合には、省令で定めるところにより、当事者が都道府県知事(これらの権利を取得する者が同一の事業の目的に供するため二ヘクタールをこえる農地又はその農地とあわせて採草放牧地について権利を取得する場合には農林水産大臣)の許可を受けなければらない。
(2) 農地法施行規則(六条一項)
農地法五条一項の許可を受けようとする者は、規則二条一項一号から四号まで並びに四条一項三号及び五号から七号までに掲げる事項を記載した申請書を、農業委員会を経由して都道府県知事に(農地法五条一項の権利を取得する者が同一の事業の目的に供するため二ヘクタールをこえる農地又はその農地と併せて採草放牧地について権利を取得する場合には、都道府県知事を経由して農林水産大臣に)提出しなければならない。
(3) 農地転用許可基準の制定について(昭和三四年一〇月二七日34農地第三三五三号(農)農林事務次官から各農地事務局長、各都道府県知事宛)
(別紙一)農地転用許可基準
(第二章第二節)申請について次の各事項を検討し、これに該当しない場合は許可しない。
(第四、二項)申請に係る事業が取水し又は排水する場合にはその時期、方法、水量、水質等について農業、水産業等の産業又は公衆衛生等に及ぼす影響が少ない場合で関係者の反対がないこと。
(五) 都市計画法関係(甲七)
(1) 同法
① (二九条)市街化区域又は市街化調整区域内において開発行為をしようとする者は、あらかじめ、建設省令で定めるところにより、都道府県知事の許可を受けなければならない。
② (三〇条)前項の許可を受けようとする者は、建設省令で定めるところにより、次に掲げる事項を記載した申請書を都道府県知事に提出しなければならない。
(五号)その他建設省令で定める事項
③ (三三条一項)都道府県知事は、開発許可の申請があった場合において、当該申請に係る開発行為が、次に掲げる基準に適合しており、かつ、その申請の手続がこの法律又はこの法律に基づく命令の規定に違反していないと認めるときは、開発許可をしなければならない。
(一四号)当該開発行為をしようとする土地若しくは当該開発行為に関する工事をしようとする土地の区域内の土地又はこれらの土地にある建築物その他の工作物につき当該開発行為の施行又は当該開発行為に関する工事の実施の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を得ていること。
(2) 都市計画法施行規則(一七条一項)
法三〇条二項の建設省令で定める図書は、次に掲げるものとする。
(三号)法三三条一項一四号の相当数の同意を得たことを証する書類
二 争点
本件の本案前の争点は、(a)本件確認請求の確認の利益の有無、(b)本件妨害排除請求の特定の成否であり、本案の争点は、(c)本件ゴルフ場建設に対する被告区の同意の有無・法的効力、(d)被告区の同意撤回の可否、(e)被告渡邉らの同意書提出の法的効力である。これらの争点に関する当事者の主張の要旨は、以下のとおりである。
1 本件確認請求について
(一) 原告の主張
(1) 確認の利益及び同意の法的意味(請求原因及び本案前の抗弁に対する反論)
① 原告は、前示一2(二)のとおり、上楠田・原地区において本件ゴルフ場開発(全体面積一〇三万二五八二平方メートル)を計画しているところ、その実施のためには、前示一5のとおり、福岡県知事から、(a)本件条例に基づく開発行為許可(同条例二八条一項)を受けなければならず、また、建設予定地内に山林、国有財産(水路)、農地及び市街化調整区域があるため、福岡県知事(左記(d)の許可については農林水産大臣)から、(b)森林法に基づく林地開発の許可(同法一〇条の二第一項)、(c)国有財産法に基づく水路の用途廃止許可(同法九条三項、建設省所管国有財産取扱規則一七条一、二項)、(d)農地法に基づく転用のための権利移動の許可(同法五条)、及び(e)都市計画法による開発許可(同法二九条)を受けなければならない。
② 他方、前示一2(二)のとおり本件ゴルフ場建設予定地内の水路水及び地表水の一部が本件ため池に流れ込んでいるため、同ため池の水利権者である被告区は、前示一5の関係各法令上の利害関係人となるところ、右①の各許可申請手続(以下一括していうときは、本件各申請手続という)において、これを所管する福岡県から、それぞれ被告区の同意書(施行同意書)の添付が要求されている。
③ 被告区は、前示一3(一)のとおり代表者の浦区長が本件同意書Aを提出しており、これで足りないとしても、前示一3(一)(二)のとおり水利代表権者全員が本件各同意書を提出し、これによって、本件各申請手続の利害関係人として、前示一5及び右②のとおり関係法令等で要求されている包括的な同意(以下本件施行同意という)をした。その有効性が確認されれば、原告は、福岡県に前示①の各許可申請を受理され、ひいては、その許可を受けられる法的関係にあるから、本件確認請求には訴えの利益がある。そして、右のとおり被告区は有効な本件施行同意をしたものであるから、その確認を求める。
④ なお、本件施行同意が行政指導によるものとしても、それは、法律、条例に基づかないものではないし、行政指導も法律、条例に抵触しないかぎり、これを遵守しなければならない法的拘束力を有するから、いずれにしても本件確認請求には訴えの利益がある。
また、被告らは、申請手続の事前協議終了の効果が失効したとも主張するが、原告が福岡県から事前協議終了通知を受領したのは平成六年三月三〇日であり、いまだその効力は失効していない。
(2) 同意撤回の無効(抗弁に対する反論)
① 本件施行同意は、準法律行為たる観念の通知であるところ、前示(1)③のとおり、そこに表示された意思に、原告の行なう各開発の許可を可能ならしめるという法律効果が付与されるものであり、これが保護に値することは法律行為の場合と同様である。したがって、右同意には、単独行為の規定が類推適用され、被告区が一方的に撤回することはできないから、現在も有効である。
② 被告らが同意撤回の根拠として主張するところにも理由はない。
すなわち、水害や農薬等の問題に関しては、事前の説明会において、洪水防止用の調整池を作ること、年二回水質検査をすること等の対策を説明し、これを前提に本件施行同意がなされているし、同意後も、原告は、調整池の増設、ため池の浚渫、コースの無農薬管理等の計画改善を行なっており、前示各事項は、同意撤回の正当事由とならない。また、本件施行同意の撤回は、客観的事由がなければ許されるものではなく、反対運動の展開はその正当事由にならないし、本件ゴルフ場への反対が全体の九五パーセントにのぼるというのも事実に反する。
③ 原告は、本件施行同意後、約六〇〇筆の土地を買収して用地費を支払い、所有権移転登記等を経由したほか、不動産取引税等の税金も支払っており、他方、地権者も土地売却後新たな農地を購入する等、本件施行同意を前提として事実上法律上各種の関係が形成されている。この点も考慮すれば、本件同意撤回に正当事由が存しないことは明らかである。
(二) 被告区の主張
(1) 確認の利益の欠如及び同意書の法的意味(本案前の抗弁及び請求原因に対する反論)
① 本件各申請手続において、水利権者の同意書は、申請許可の実体的要件でなく、関係者間の紛争防止のため行政指導上添付が要求されている書面にすぎない。また、被告らは、事前に水害や農薬等の本件ゴルフ場による被害について具体的説明を受けておらず、同意書に署名した際も、漫然とゴルフ場を造ることへの同意と知らされていただけで、同意書がどのような法的効果を持つものであるか一切説明を受けていなかった。更に、本件各同意書の記載内容も、前示一3のとおり極めて簡単なもので、これによっていかなる法律上の効果が生じるか、まったくくみ取ることができない。
したがって、本件各同意書の提出は、単なる意思の確認にすぎず、本件各申請手続において法的意味を持つ行為と解することはできないから、その有効無効を論じる余地はなく、本件確認請求は、不適法として却下されるべきである。仮に、これが適法だとしても、右同意書によって、原告主張のような施行同意がなされたとみることはできないから、右請求には理由がない。
② また、本件条例に基づく開発許可申請については平成元年三月一〇日事前協議が終了しており、右条例に関する福岡県の「開発事業に対する環境保全対策要綱」第7、2のとおり(甲三の四)、二年後の平成三年三月一〇日の経過をもって事前協議終了の効力が失効したから、本件各同意書の効力にかかわらず、原告は、本件各申請手続を行なえず、この点からも本件確認請求には訴えの利益がない。
(2) 本件施行同意の撤回(抗弁)
仮に、本件各同意書の提出が施行同意として有効であるとしても、被告区は、前示一4のとおり同意を撤回した。右同意は、右(1)①のとおり、単なる意思の確認にすぎず、これに意思表示の規定を準用する余地はなく、法的拘束力が生じるものでもないから、撤回は自由であり、本件確認請求には理由がない。
(3) 事情変更による同意撤回(抗弁)
仮に、施行同意に法的拘束力があるとしても、その後、被告区民らが、本件ゴルフ場による農薬被害、水害の危険等について新たな認識を有するようになって、反対運動が展開され、また、平成二年七月の大水害によって被告区が被害を受け、被告区民の九五パーセントが同意書撤回に賛成したほか、原告が予定していた本件ため池のかさ上げ計画が変更される等、本件各同意書提出当時とは事情が一変しており、かつ、これは、本件ゴルフ場による被害の内容を具体的に示さないまま、一方的な説明をしてきた原告側に責任がある。これらの点を考慮すれば、被告らの同意書の撤回には正当な理由があり、有効である。
2 本件妨害排除請求について
(一) 原告の主張
前示一4(二)のとおり、被告渡邉らは福岡県に対し、本件施行同意の効力がないと主張して本件ゴルフ場建設に開発許可を出さないように陳情する等しているが、前示1(一)のとおり本件施行同意が有効であるのは明らかであり、被告渡邉らの行為は、これを熟知しながら、福岡県に虚偽の事実を告げて原告のゴルフ場建設を妨害しようとするものである。そのほか、被告渡邉らが本件同意書Bを提出して本件ゴルフ場建設に同意していることも考慮すれば、同被告らが本件施行同意の効力を否定して原告の本件各申請手続を妨害することは、違法な権利侵害として許されないものであるから、その排除を求める。
(二) 被告渡邉らの主張
(1) 本件妨害排除請求は、具体的にどのような行為を妨害行為と主張するのか判然とせず、請求の趣旨、原因とも特定されていないから、不適法であり、却下さるべきである。
(2) 前示1(二)(1)①のとおり、被告らが本件各同意書によって原告主張のような施行同意をしたとみることはできないし、また被告らが同意書を撤回したのは事実であるから、これをもって被告渡邉らが福岡県等と交渉等したとしても虚偽の事実を告げたことにはならない。そして、前示1(二)(1)①のとおり、本件同意書Bの提出にも格別の法的効力はないから、これにより被告渡邉らの交渉等が不適法となるものでもなく、本件妨害排除請求は失当である。
第三 争点に対する判断
一 本件確認請求の訴えの利益について
1 本件確認請求は、前示第二、二1(一)のとおり、本件各申請手続における水利権者としての被告区の同意の有効性の確認を求めるものであるから、その訴えの利益を判断するには、右各申請手続上の水利権者の同意の法的意味を検討する必要があるところ、原告は、これを右各申請の受理要件ないし実体的許可要件である旨主張している。
2 そこでまず、本件各申請手続のうち、都市計画法二九条所定の開発行為の許可申請手続における関係者の同意について、これを検討するに、前示第二、一5(五)(1)③のような同法三三条一項の文言及び規定の仕方からすれば、同項一四号所定の利害関係人の相当数の同意のあることが右開発許可の実体的要件となっていることは明らかである。しかしながら、同号における利害関係人とは、「当該開発行為をしようとする土地若しくは当該開発行為に関する工事をしようとする土地の区域内の土地又はこれらの土地にある建築物その他の工作物につき当該開発行為の施行又は当該開発行為に関する工事の実施の妨げとなる権利を有する者」をいうものであるから、前示第二、一2のとおり本件ゴルフ場の建設予定地に隣接する本件ため池の水利権者にすぎない被告区が、直ちに同号所定の右利害関係人に該当するかは疑問がある。そして、調査嘱託の結果によれば、福岡県は、本件ゴルフ場建設予定地内の市街地調整区域における都市計画法二九条所定の前示開発許可手続に関しては、被告区の同意書が同法ないし同法施行規則上の添付書類に該当しない旨判断して、それ以外の行政指導として右同意書の提出を求めているにすぎないことが認められる。
したがって、以上によれば、直ちに本件で被告区が都市計画法三三条一項一四号所定の利害関係人に該当するとは認められず、結局その同意ないし同意書の提出は、前示開発許可の実体的許可要件ないし申請の受理要件とはいえないというべきである。
3 次に、都市計画法関係以外の本件各申請手続における水利権者の同意の法的意味について検討するに、前示第二、一5(一)ないし(四)のとおり、これらの手続において、水利権者の同意ないしその同意書の提出は、法律ないし条例自体に許可の要件として規定されているものではなく、規則ないし通達上要求されているにすぎないものである。したがって、このような規定の仕方や関係各法令等の趣旨、文言及び調査嘱託の結果も総合すれば、本件条例、森林法、国有財産法及び農地法関係の前示申請手続において、水利権者の施行同意は、いずれも実体的許可要件とはいえないのであって、前示第二、一5(一)ないし(四)の関係法令等のうち、水利権者等の利害関係人の同意ないしその同意書の添付を要する旨を定めた諸規定は、行政指導を行なうに当たって行政機関が遵守すべき原則を定めたものにすぎないと解するのが相当である。そして、調査嘱託の結果によれば、現在右各申請手続に関し、原告が福岡県から同意書の添付を要求されているのも、単に関係私人間の紛争防止という行政目的のために行政指導の観点からなされているだけであると認められる。したがって、水利権者の同意をもって右各申請手続の実体的許可要件とする原告の前示主張が採用できないことは明らかである。
そして、行政指導は、その性質上、直接的な強制力を持つものではなく、指導の相手方の任意の協力・服従を通じて所期の行政目的を達成しようとするものであるから、原告が右各申請手続において申請書に水利権者の同意書を添付しなかったとしても、関係行政庁は、この点のみを理由として、申請書の受理を拒否する等、原告を法律上不利益な立場に置き、またはこれに格別の法的不利益を課すことは許されないものといわねばならない。したがって、右同意書の添付を右各申請の受理要件と解することもできない。
4 以上によれば、原告の前示1の主張はいずれも失当であり、そのほかに本件ため池の水利権者の施行同意ないしその同意書の提出を、本件各申請手続において、直ちになんらかの法的意味を持つ行為と解すべき事情もないから、原告主張の本件施行同意の有効性を確認することによって、右各申請手続における原告の法律上の地位の不安定を除去することはできないものというべきである。更に、仮に原告と被告区との間で本件施行同意の有効性が確認されたとしても、その判断が直ちに福岡県その他の関係行政機関を拘束するものではないから、これら機関との関係で本件各申請手続における原告の法律上の地位が即時に確定されるかも疑問としなければならない。結局、本件確認請求は、確認の対象及び相手方の選択を誤ったものであって確認の利益を欠き、却下すべきものというのが相当である。
5 これに対し、原告は、行政指導にも法的拘束力がある旨主張するが、行政指導の前示性質からして、そのような法的拘束力を認めることはできず、独自の見解に基づく主張といわざるをえない。また、調査嘱託の結果によれば、本件施行同意の有無等が本件各申請に対する許可不許可の判断において実際上重要な事項として考慮される余地があることは認められるけれども、右各申請手続において、それ以外の公益に関係する諸事情も同様に考慮され得るものであることを考えれば、右のような実際上の重要性から、直ちに水利権者の施行同意ないしその同意書の提出が法的効力を持つとまではいえず、右事情から右4の判断を左右することはできない。
そして、そのほか、本件確認請求に被告区との直接的な法律関係を確定する法的利益がある等の主張も、これを認めるに足りる事情もない。
二 本件妨害排除請求について
1 本案前の抗弁に対する判断
被告らは、本件妨害排除請求は、その趣旨・原因が特定されていない旨主張するが、前示第二、二2(一)の原告の主張内容を検討すれば、不法行為に対する妨害排除請求として、いずれも特定されていると認めるのが相当であり、被告らの本案前の抗弁は採用できない。
2 本案の判断
(一) 原告は、被告渡邉らが福岡県に対し本件施行同意の効力が存在しない旨陳情等するのは虚偽の事実を告げる不法行為であると主張し、被告渡邉らは、これを争っているので、この点について検討する。
前示第二、一4のとおり、被告区ないし被告らが原告に対し本件ゴルフ場の開発・施行に関する同意を撤回する旨通知した事実は争いがなく、乙二四、被告渡邉政行本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、右同意撤回を受けて、被告渡邉らは福岡県等に対し本件施行同意の効力が存在しない旨を陳情、交渉等していることが認められる。したがって、右事実によれば、被告渡邉らの右陳情等は、社会通念上これをもって直ちに虚偽の事実を告げるものとはいえないというのが相当である。
(二) これに対し、原告は、前示第二、二1(一)(2)のとおり、本件施行同意には、単独行為の規定が類推適用され、被告区が一方的に撤回することはできない旨主張し、更にその根拠として、右同意は、準法律行為たる観念の通知であって、そこに表示された意思に原告の行なう各開発許可を可能ならしめる法律効果が付与されると主張している。
しかしながら、本件各申請手続上、水利権者の施行同意が実体的許可要件でも申請の受理要件でもないことは、前示一で判断したとおりであり、これに右主張のような法律効果が付与されるとは容易に認め難い。また、前示第二、一3のような本件各同意書の文言からして、本件各申請手続以外の関係において、被告区の同意に格別の法的効果があると解することも困難であり、原告の右主張は、その前提を欠くものといわねばならない。そして、そのほか、このような利害関係人としての水利権者の同意ないし同意書の撤回を制限する法律等の定めは存在しないことも考えれば、直ちに原告の右主張を採用して、被告渡邉らの陳情等が虚偽の事実の告知になると認めることはできない。
(三) また、原告は、被告渡邉らが本件同意書Bを提出していることによって、本件施行同意の効力を否定することが許されなくなる旨も主張している。
しかしながら、乙二八、証人浦勇蔵及び同津福武博の各証言、被告渡邉政行本人尋問の結果によれば、本件同意書Bは、当初原告側が、本件各申請手続における水利権者の同意を得るため、本件同意書Aを補充する書面として作成を意図したものであるが、実際にこれを徴求した浦区長は、その法律的な効果について明確な認識がなく、したがってその点について被告渡邉らに詳しい説明もしないまま、漠然と本件ゴルフ場建設に対する同意を表す書面として同被告らに署名押印を求めたに過ぎないものと認められる。したがって、このような本件同意書Bの作成経過のほか、被告渡邉らが前示第二、一4(二)のとおりみずからも同意撤回の通知をしていることも考慮すれば、現在これに原告主張のような拘束力を認めることはできず、同被告らの反対陳情等が不法行為を構成する余地はないものというのが相当である。
三 結論
以上の次第で、原告の被告区に対する請求は、不適法として却下すべきものであり、また被告渡邉らに対する請求には理由がない。
(裁判官夏目明德)